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南の島

新曲「南の島」「OVER YOU」製作開始

変化するもの、誕生するもの、化けるもの、変われないもの。
それをすべて持って、変わらないものを作りたい。

2008年02月21日 02:12 ▲

手紙

■何年も前の話


埼玉の獨協埼玉高校に通っていた俺は当時、
勉強した記憶がまったくない(記憶喪失?ラグタイム?)

ほぼ毎日だらだらと起きて、川口から電車に乗り
東武伊勢崎線のせんげん台までいくと、いつものツレと必ず出くわす。
「体育だりー」「テストだりー」とかいいながら公園でくだらない話をして、
いつものラーメン屋へ。
誰とやったとか、音楽の話とか、漫画の話とか
煙だらけの中、昼過ぎまで。
その後登校途中にある、パン屋で揚げドーナツを買ってようやく登校。
即効で柔道場に向かい、柔道の練習と筋トレ。
その後軽音楽部の部室に向かい声がかれるまでバンド練習。(この時点で18時くらい)
べらべら喋り解散し、
残った奴らで制服のまま飲みに行くか
(今考えると制服のままで飲ませるなんて、俺らも俺らだけど店も店だ。。)、
マージャン(ここも制服着用)かゲーセン。
帰るのほぼ終電か朝まで。

ろくでもない生活をしてた。(本当にカス)
よく卒業できたもんだ。

けどそのどうしょうもない日々も、当時の俺には最高に楽しい毎日で、
音楽と仲間と酒と煙草に囲まれ(最後二つはいらない)
本当にキラキラした毎日にあふれかえっていた。


「ずっとこのままだったらいいのに。」

けどそうはうまいこと続かない。
高校を卒業し、好きな女と同じ大学に行くために浪人(結局いけず)
気がついたら京都精華大学に合格。


え?京都??
一人暮らし?
仲間や家族と離れるの??


すごく不安だった。
大学に入ったら、俺は絶対高校のときの仲間とバンドを再開しようと決めていた。
その仲間とやる音楽のイメージもすでにあった。
音楽が本当にやりたかった事だし、
浪人の時の俺を支えてくれたのも音楽だった。
けど俺は大学進学のために京都に行かなくてはならなくて、
その京都には音楽仲間もいないし、知り合いも当然いない。
バンド組むにも仲間探しから。。まじか。。

けどまあやってみっか!!
と思って動いたはいいが、
大学の軽音サークルに絶望し、(致命的な馬鹿が多数!おまけにセンスゼロ、本当に!)
外部の大学の音楽サークルに入るも、ここも最悪(頭が良すぎるナルシストばっか、オナニー音楽)
やっと見つけたベーシストは俺よりもベース下手(ピストルズが弾けない)
おまけに軽い関西特有の東京差別。
すべてに絶望した。

・・・・・・・
・・・・・・・
これは天罰だ。
俺が今まで何も努力もしてないのに楽しめてた事に対してのツケだ。
何の根拠もなかった自信は、やっぱり何もなかった。
人は絶望すると、実際に立つことが出来なくなることを初めて知った。
関東の友達にも何回も電話した。
ヒントをくれ。俺はどうしたらいい・・。
どうしょうもならなかった。
家でずっとブルーハーツのビデオばっか見てた。
大学辞めようかとも考えたけど、親に顔が立たない。
けどやっぱり音楽をやりたい。
悶々とした日々が続く。


ある日俺は決意した。
一人でやるしかない!!!もうそれしか道はない!!!
ものすごく不安だったけど、
そう思ったらなぜか、灰色に見えてた世界に色がつき始めた。
時間がまわりだし、やる気があふれてきた。
高校のころ、教室から見てた空の青さ(名曲「トランジスタラジオ」のような日常)
を取り戻せる気がした。

そう思った途端、いてもたってもいられず、
全貯金を下ろしその足で楽器屋へ。
MTR、リズムマシーンを購入。10分で15万近くを使い果たした。
買った楽器を手に即効で家に帰り、持っていたギター(友達から借りパク)と
高校の時買ったXP−50(以前のブログ参照http://www.rpph.org/mt/archives/2006/10/xp.html
で曲を作り始めた。
それからというもの、飯もほぼ食べず、ほぼ寝ず、ひたすら曲を作った。
体重が2週間で7キロ減った。
けど幸せだった。
俺は今憧れの渦中にいる。
これが天罰の結果なら俺は受けてやる。
その罰を俺は楽しんでやる。
そう思った。


1ヶ月後すごくたくさんの曲が出来た。
そしてその曲をもって、
大学内で唯一入っていた「宴」というライブイベントサークルで、
「レシーバーズポンポンヘッド」という名前で一人でライブをした。
凄く緊張した。
ライブが終わり打ち上げの席で、俺の横にみんなが来て、
「凄くかっこよかったよ!!」って言ってくれた。
「驚いた!!」って言ってくれた。
涙が出るほどうれしかった。

・・・・・・
昨日渋谷O−NESTで「レシーバーズポンポンヘッド」主催のライブをした。
凄いたくさんの人がいた。憧れのバンドが出演してくれた。
友達もたくさん来た。
本当にありがたいことだと思う。
そして俺は今、高校の時に一度離れてしまった仲間と一緒のバンドで
一緒の時間に一緒のステージに昨日立った。
彼は俺が京都で一人で「レシーバーズポンポンヘッド」を立ち上げたときに、
東京で「muddy world」というバンドを立ち上げた。
何年か遅れたけど、夢がちゃんとかなってる今、
俺はやっと自信を持って音楽を愛することができている。

本当にありがとう。

2008年02月02日 18:16 ▲